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和歌山家庭裁判所田辺支部 昭和43年(少)234号 決定 1969年1月09日

少年 O・S代(昭二四・三・一四生)

主文

少年を和歌山保護観察所の保護観察に付する。

理由

(非行事実ならびに適条)

少年は先天性両股関節脱臼による身体障害のため和歌山身体障害者更生指導所で職業訓練を受けていたものであるが、昭和四三年五月○○日午後六時ごろ同県日高郡○○村○○ノ○の自宅において、飲酒めいていしていた実父O・T(当時六二年)から、同日午後少年を訪ねて来た上記更生指導所の指導員と肉体関係があるのではないかと邪推され、執拗に詰問されたことに立腹し、縁先の土間に立つていたO・Tをその場に押し倒し、座布団で殴りつけたりしているうち興奮のあまり憤激が強まり、とつさに同人を殺害してしまおうと決意し、両手で同人の首を締めつけ、さらに勝手の間の戸棚の中から刃渡り約一九・七センチメートルの刺身包丁を持ち出し、これを右手に持つて、そのまま倒れていた同人の右胸部を一回突き刺し、よつて、同人に対し全治約五〇日を要する胸部刺創を負わせたが、殺害の目的を遂げるに至らなかつたものであり、この事実は刑法二〇三条、二〇〇条に該当する。

(処遇理由)

本件非行の動機の詳細は家庭裁判所調査官猪野弘道作成昭和四三年六月二五日付少年調査票記載のとおりであり、一言にしていえば、先天性股関節脱臼という身体障害に基因する劣等感のため表出されることもなくうつ積されていた同胞に対する不信感、不満感が非行時における実父の理不尽な言動に触発されて衝動的に爆発したものと推定できるのである。

鑑別結果ならびに当裁判所の調査結果によると、少年の知能程度はかなり低く(I・Q・七〇)性格的には上記劣等感に基因する自信、自主性の欠如が顕著であつて、何事によらず消極的になり易く、対人的技能は極めて拙劣であり、無気力、抑うつ的、自棄的になりがちであると同時に短気、即行的な一面も存することが明らかである。

少年の家庭をみるに、本件被害者である実父は酒乱気味で少年の保護に関する何らの意欲も示さず、実母は少年の身体的欠陥に対する理解、思いやりに乏しく、共に少年との意思の疎通を欠き、四名の兄、姉達はいずれも別居しているため、少年はその家庭内において常に孤独感にさいなまれていたもののようである。

ところで、本件非行は人心純朴な農山村地帯に発生したものであり、事案の性質に照し地域社会に与えた衝撃も無視し得ないのであるが、当裁判所の調査結果によれば、その動機のためであろうか、社会感情は概ね少年に同情的である。

当裁判所は、少年には過去に非行歴が一切存しないこと、非行行動に対する親和性もほとんど認められないことにも鑑み、また、少年および保護者、なかんずく、本件被害者である実父のその後の反応を観察し、でき得ればその間の感情融和ならびに意思の疎通を期待し、さらには日常生活を通し少年の性格的欠陥を一層明確に把握し、少年保護の適正な指針を見出すべく、昭和四三年六月二七日試験観察に付し、併せて少年の遠縁にあたる花○剛氏にその補導を委託したものである。

しかして、その後の経過をみるに、少年と実父その他の同胞との関係は多少の曲折はあつたにしても、一方においては上記補導受託者の努力、さらには個人的に少年のカウンセリングにあたつた和歌山家庭裁判所吉岡芳一調査官の尽力により、他方においては本件を契機とした実父の反省および従前少年に対し拒否的ないしは傍観者的態度を示していた実母その他の同胞の少年に対する保護意欲の覚醒により不充分ながらも改善され、少年と実父との感情融和も相当程度はかられてきたものと認められる。しかしながら、上記の少年の根本的な性格上の欠陥は当然のことながら依然として是正されず、試験観察期間中においても自己の非行に対する自責感から、あるいは対人接触の失敗から自己嫌悪に陥り、自棄的、即行的言動に及ぶことがあつた(少年院への収容希望申出、受託者宅からの家出等)ことも明らかである(以上試験観察中の経過の詳細については上記調査官作成昭和四四年一月九日付試験観察結果報告書参照)。

そこで、この際の少年の処遇につき考えるに、現状においては少年が再び本件類似の非行を繰返すおそれは少いといえようが、上記の如き少年の性格上の欠陥、改善のきざしが認められるとはいえなお不充分な保護者の少年に対する保護意欲ならびに保護能力、さらには本件非行前後にわたり認められる少年の自棄的行動傾向等に照し、少年の健全な育成を期するためには専門機関による継続的な指導、援護が必要と思料されるものである。

よつて、少年法二四条一項一号、少年審判規則三七条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 尾方滋)

参考一 鑑別結果通知書<省略>

参考二 昭和43年少第234号 少年調査票<省略>

参考三 試験観察結果報告書

和歌山家庭裁判所田辺支部

裁判官 尾方滋殿

昭和44年1月9日

同庁

家庭裁判所調査官 猪野弘道

昭和43年少第234号尊属殺人未遂保護事件

少年O・S代

昭和24年3月14日生

上記少年は昭和43年6月27日試験観察に付され同日、和歌山市○○○×番地花○剛方に補導委託となり以来本職が観察に当つて参てりましたが以下に試験観察の結果と当職の意見を提出致します

1.試験観察の経過

本項には経過の概要を記載したので詳細については夫々別添の手紙、調査報告書電話報告書を参照されたい。

昭43.6.18

当庁において審判の結果試験観察(身柄付補導委託)に付され同日和歌山市○○○×番地花○剛方に引取られる。

当庁の指示により受託者より和歌山家庭裁判所吉岡芳一調査官に依頼して同氏による週1回の個人的カウンせリングのサービスを受けることとなる。

〃 7.3

受託者より来信、順調なすべり出しを報告して来る。

〃 〃 4

仮庁舎への転居作業中、和歌山地検よりの指示と称して田辺支部検察官来訪し、試験観察に付した理由、その方法、委託先、遠隔地に委託しての指導法等について質問され、少年を試験観察に付したことに可成りの不満を抱いているらしい事を感じさせられる。その後数日にわたり来訪して結局納得したようである。

〃 〃 7

少年より来信、経過良好。

〃  〃

末吉岡家裁調査官によるカウンセリングを一時中断する(次回9月3日と決定)

〃 8.6

少年より来信、すぐに少年院へ入れてほしいと申立てかなり動揺が伺われたので裁判官に報告し身柄事件調査を兼ねて翌日出張する。

〃 〃 7

受託者宅訪問、受託者夫妻、少年面接

少年はもう一度考え直すえ事を約し受託者も差し当り危険なきざしはないので引続き受託することを了解

〃 〃 8

調査報告書提出

〃 9.6

少年より来信、もう少年院に入りたいと思わぬと詑び落着きを示す。

〃 〃 〃

吉岡家裁調査官来庁面接、少年は落着きを取戻しカウンセリングを再開した。

〃 〃 7

調査報告書提出

〃 〃 10

受託者宅訪問、少年受託者夫妻面接、前回面接に比し明朗となる。

〃 〃 11

調査報告書提出

〃 10.25

受託者より電話連絡。少年を父母の下に一時帰省させたいというので裁判官に連絡の上了解を与える。

〃 〃 〃

電話報告書提出

〃 11.1

帰宅、父も住込稼働先の○浜から帰るが本件のしこりも氷解し和やかにすこす。

〃 〃 4

受託者宅に戻る

〃 〃 6

少年より来信、父ともうまく和解できたと喜びをこめた便りであつた。

〃 〃 25

受託者より電話連絡、少年は昨夜家出し帰宅しない。

〃 〃 〃

電話報告書提出(受託者の希望で同行状を見合わせ受託者より和歌山署に家出人の捜索願が提出される)

〃 12.4

少年保護者宅訪問、母・姉・伯父等面接するも少年の所在判明せず

〃 〃 5

調査報告書提出

44.1.8

受託者より電話連絡、少年は11月25日より海草郡○○町○○×××バー「○○日」○野○次方にM・K子の偽名で稼働中であることが判明したが令状により連れ戻して来たいというので了解

〃 〃 〃

電話報告書提出

〃 〃 〃

pm7.30受託者宅に電話連絡したところ無事連れ戻したので明9日同伴して出頭する旨回答

〃 〃 〃

電話報告書提出

〃 〃 9

少年受託者と共に出頭、面接○○町のバーは風紀上問題のあるような店ではなく少年は店員として一応真面目に働いて特に問題行為ははかつた。

〃 〃 〃

調査報告書提出

2.精神療法(カウンセリングの結果)

本少年の試験観察については特に根気よい精神療法の反復を主体とした生活指導が必要と認めたが委託先が遠く和歌山市内となつたので止むなく受託者宅に近い和歌山本庁の家事係吉岡家裁調査官にカウンセリングの個人的サービスを依頼した処快く引受けてくれ折衷的なカウンセリングを週一回施行してくれることになつた。

すべり出しは順調であつたが約1ヶ月で少年から「話すことが無くなつて了つた」ということで8月一杯は中断することとなつたがこの間に経過欄記載の如き情緒障害を起したもの受託者の努力やカウンセリングの再開で此の危機を乗り切ることが出来、11月1~4日にかけての3泊4日の帰省に際しては被害者である父との出会にも少年をして「素晴しかつた」と便りに書かせる迄になつていた。終局近くになつて家出という全く思わぬ事態が発生したことによつて一見このカウンセリングは失敗であつたかの如くみられるかもしれないが家出後少年がかつて自殺しようとして飛込んだ○○崎の海に行つて関係者の心配を思い出して戻ろうと決意させた事やバーに住込みながらも真面目に働いて己を見失うことがなかつた点など考えるとカウンセラーの努力は表面的に華やかな報いは得られなかつたものの少年の心の中に立派に実つていたと認められる。

3.交友関係について

少年の友人は皆無といつた状態であつたので受託者はこの点にも留意してくれて積極的に友人をつくるよう指導したようでペンフレンドや身障者指導所の同窓生の中に可成り広い友人関係が出来たが親友というべき友人は遂に得られなかつたようである。

受託者方にかつて事務員として働いたことのある同年輩の西浦久子と可成り親しく交際していたが同女が少年の非行を知つていたことから仲違いして了いその事が今回の家出の原因となつている。

4.職業関係について

受託者方でのお手伝いさんとしての少年の勤務成績は非常に良好で受託者としても満足していたが出来れば少年に手職をつけさせたいとの配慮から美容師、編物、印刷関係の仕事などに就職出来たらとほん走してくれたが、結局身体的な面から実現出来なかつた。現在受託者としては、

(イ) 和歌山市△△△×番地○和紡績KK和歌山工場工務主任○○木○為(電話和歌山○○~×××)妻が教師をしている。

(ロ) 和歌山市○○×××○保ニツト有限会社社長○保○郎妻が元裁判所事務官で和歌山家裁から補導委託され数件の少年を成功させたケースの経験がある。

以上2名方について少年を「お手伝さん」として住込就職させる話があり両名共少年の雇傭を了承していて少年も行つてもよいといつている。

5.家庭環境、特に被害者である父との関係について

観察期間中、家族関係の異動はみられなかつたが、少年に対して従来拒否的乃至傍観的であつた母、長兄姉達が本件によつて覚醒し積極的に少年の更生に協力するようになつたことは仮令当初それが少年によつてゆがめられた型に受取られたものの大きな収獲であつた。特に被害者である父との関係については少年をめぐるすべての人々が最も注目していた処であるが父は前回審判直後に退院しその後、通院することなく全快し○○町の旅館に雑役として住込み就職する迄になつた。父は被害直後から「親子の間柄なのであるから後にしこりの残すようなことはない。少年を許しているのだから寛大にしてやつてほしい」といつていたが昭43.11.1、本件後初の少年との再会の際にも此の考えは変らず至極自然に父娘の関係が復活し少年も「そのことが最も気がかりであつが何のわだかまりもなく、お互に事件の事を忘れて過すことが出来て素晴しかつた」と述べていた。

父の酒は相変らずでその後も飲んでいるようであるが以前のような飲んで家族に迷惑をかけるような事はなくなり、少年の今回の家出には母以上に心配して○浜から帰つては少年の消息も尋ね廻り母をして「又和歌山へ行つて交通事故にでもなられては大変」と心配させている程である。

6.事件に対する地域社会の感情

本件発生当時の社会感情は本件調査票第9項記載の通り少年に対する同情と寛大な処分を希望する声が圧倒的であつたが、この感情はそれから半年余を経て少年が受託先を家出した事から昭43.12.4、再度本職が○○村を訪問した時にも変りはなかつた。かえつて父が退院し働くようになつても尚、少年が帰らぬ事に同情が高まつていたし、少年が昭43.11.1~4、3泊4日で帰省し父との再会がごく自然に行なわれた事にも村人達は我事のように喜び心から祝福し、此の社会では少年はもう完全に許されていると感じられた。

7.カウンセラーの意見

カウンセリングを個人的にサービスしてくれた和歌山家裁吉岡家裁調査官としては昨年末迄観察を続け、順調に経過すれば不処分とされるのが最ものぞましいとかねてから述べていたが終局近くに家出という思わぬ事態を招いて了つたので保護観察も止むを得ないとの意向であつた。

8.受託者の意見

受託者としてもカウンセラー同様不処分となる事を期待して来たが終局近く家出といつた事故のあつた以上保護観察は止むを得ないし、それが少年の負担とならないよう今後保護観察所との運用の面で充分協力してゆける自信があるといつている。

9.家庭裁判所調査官の意見

本職としてもカウンセラー、受託者同様最終的には不処分となることを期待して観察に当つてきたが結果は予期に反し様々な曲折を経て終局間際には家出という思わぬ事態が発生して了つた。被害者である父や社会感情は既に少年を完全に許し、就職先も殆んど決定しているものの少年の悪い反面である強情、独善的な性格、行動傾向は尚改善の余地があるし少年の肉体的欠陥を併せ考えると家庭でこの少年を引取り養育することは困難でもあり保護者の能力にも疑いがある。

結局少年は家庭を離れて就職し自活してゆかねばならないであろう、試験観察を通じて少年がこの措置に非常な心の負担を感じていた事は早くから判つていたが前記の如き性格、行動傾向、肉体的欠陥を考える時純粋な国の親的立場から保護観察の措置は最低必要となるであろう。

よつて本件は試験観察を終結し少年を和歌山保護観察所の観察に付されるのが適当と思料します。尚保護観察に当つては、叱責や罪悪感を強めることは却つて傷つき易い少年の心の重荷となり暴走の虞れなしとしないので絶えずラポートをつけ基本的な安心感を与えて少年に信頼感を持たせると共に常に少年の心情を理解し保護観察が少年の負担とならないよう特段の配慮がのぞましい。

以上

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